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賃金減額に対する同意取得の難しさ

2022年06月06日

 労働条件の不利益変更を行う場合、原則として労働者の同意がないと無効となります(労働契約法第8条、同第9条本文)。労働条件の中でも、労働者の生活に直結する賃金に関する不利益変更の場合には、裁判所はその有効性を特に厳しく判断しています。
 この問題に関する先例となっている最高裁判例(最二小判平成28年2月19日)では、次の基準が示されています。

 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。

つまり、賃金に関する不利益変更では、労働者が形式的に同意(同意書の提出など)だけでは足りず、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要となります。
そして、合理的な理由が客観的に存在するか否かは、
 ①不利益の内容及び程度
 ②同意がなされるに至った経緯及びその態様
 ③事前の労働者への情報提供又は説明の内容
などを考慮して判断します。

    ◆具体的な事例(東京地裁判決平成30年2月28日)
  1. 事案の概要
     ガスボンベ等の製造販売を行う会社が、これまでの人脈等を生かして新たな顧客を獲得することを期待し即戦力として労働者Aを中途採用しました。Aには、他の中途採用者よりも高額な600万円の年俸(月額50万円)を支払う契約となっていました。
     ところが、Aが入社から3か月半で合計6万5000円弱の売上しか上げられず、会社の指示にもかかわらず営業の訪問件数も少なかったため、会社は、Aの同意を得て賃金を月額50万円から25万円に減額をしたという事案です。
     Aは、賃金の減額について、メールで承諾する旨を返信し、翌日にも上司の部長に対して承諾する旨口頭で返答し、さらに10日後に行われた社長との面談の際にも特段異議を述べていませんでした。
  2. 裁判所の判断内容
    (1) 不利益の内容及び程度について
     年俸制の期間の途中に月額50万円から月額25万円に半減するというものであり、具体的な減額期間があらかじめ決められていたものでもなく、不利益の程度は著しいと判断しました。
    (2)  同意がなされるに至った経緯及びその態様
     Aが同意する日の直前の2日間で、上司の室長及び部長と面談を行っている。室長らは、その面談時に、Aに対して退職又は賃金減額の二択を迫り、しかも当日中又はおそくとも翌日までに回答するように求めていました。
    (3)  事前の労働者への情報提供又は説明の内容
     上記(2)の面談の際に、室長らは、Aに対して、解雇予告手当さえ支払えばAをすぐに解雇できるとの不正確な情報を伝えていました。
    (4)  結論
     以上の事情を踏まえて、十分な熟慮期間も与えられない中で、その場での退職を回避し、今後の業績の向上により賃金が増額されることを期待しつつ、やむを得ず賃金減額を受け入れる旨の回答をしたもので、Aの自由な意思に基づく同意があったと認めることは出来ないと判断しました。
  3. ポイント

     他の裁判例でも、退職勧奨をした労働者から「給与は18万円で良いので、どうか働かせてください、営業成績は必ず改善します。」と懇願されたため、給与を月29万円から18万円に減額したという事案で、上記裁判例と同様に賃金減額が無効と判断されています。
     このように、形式的に労働者の同意があっても、不利益の程度が大きい場合、熟慮期間を与えなかった場合、虚偽の説明をした場合などには、労働者から後出しじゃんけんのように、賃金減額の無効を後で主張されてしまいます。
     したがって、賃金減額の同意を得ようとする場合には、弊所にご相談いただくなど、入念な準備をしてから臨むことをお勧めいたします。